Entries
ことしも
軽井沢で行われる音楽祭へ参加することになった。
戻ってくるのは9月に入ってからになる。
私がブログを始めたのも去年の今頃だったから
数日間にわたって行われるこの音楽祭の最中も
軽井沢から記事を投稿していたのを思い出す。
あの頃は毎日がんばって更新してたなぁ・・・;
ことしも最中にも更新できるかな。。。
アンサンブルメンバー全員が初対面するのは現地入りしてから。
その日の夜の本番に向けてのあわせもそのときに初合わせだ。
いよしっ!!
臨機応変!!柔軟に!
一番わたしに難しい分野だけど(笑)
そんなことを言っているバヤイでわない。
やるんだ!やるしかないんだから!!!
去年参加して得たもの。
今年は一体どんなものが待っていてくれるのか。
自分が精一杯なだけ、
ぶつかっていった分だけ、
自分が向き合った分だけなにかを得られる。
びっくりするようなものが、
降ってきたように 湧き出てきたように
気づいたらいつの間にか胸の中に存在している。
そのなにかがおいしいものでもまずいものでも
そういうことが或る度にしあわせだと思う。
「感じる」から学べる。
・・・あれ。
さっきまで赤い月が出てたのに いなくなっちゃった
あ!
でてきた!
軽井沢で行われる音楽祭へ参加することになった。
戻ってくるのは9月に入ってからになる。
私がブログを始めたのも去年の今頃だったから
数日間にわたって行われるこの音楽祭の最中も
軽井沢から記事を投稿していたのを思い出す。
あの頃は毎日がんばって更新してたなぁ・・・;
ことしも最中にも更新できるかな。。。
アンサンブルメンバー全員が初対面するのは現地入りしてから。
その日の夜の本番に向けてのあわせもそのときに初合わせだ。
いよしっ!!
臨機応変!!柔軟に!
一番わたしに難しい分野だけど(笑)
そんなことを言っているバヤイでわない。
やるんだ!やるしかないんだから!!!
去年参加して得たもの。
今年は一体どんなものが待っていてくれるのか。
自分が精一杯なだけ、
ぶつかっていった分だけ、
自分が向き合った分だけなにかを得られる。
びっくりするようなものが、
降ってきたように 湧き出てきたように
気づいたらいつの間にか胸の中に存在している。
そのなにかがおいしいものでもまずいものでも
そういうことが或る度にしあわせだと思う。
「感じる」から学べる。
・・・あれ。
さっきまで赤い月が出てたのに いなくなっちゃった
あ!
でてきた!
- 2007-08/24 18:43
category:オーボエ修行- comment:4
- trackback:0

久しぶりの更新です。
もうとっくに東京には戻っていたけど
なかなかパソコンまで意識が行かなかった。
岡山にはじまり、宮城での出来事、こちらに戻ってからのいろいろが
私の容量の少ない脳みそには入りきらないくらいあって
その整理はまだできていない。
むしろしなくていいのかな^^
うん!いいのだ!!
小学校1年生の時の担任の先生との再会で、
叱咤激励され頭が冴えた。
それはもうものすごい鮮烈で美しく生き生きとしていて
こちらが拒む隙も
そんな無駄な抵抗を許す隙もなく
わたしを侵食し、
信じられないほどやさしく強く包んだ。
もうそれ以上「説明」なんてできない。
素敵なものって説明なんてできない。
そして本当は誰も説明なんか求めていない気がする。
「たしかにここにある。」
それだけでいい。
- 2007-08/21 21:05
category:日記- comment:2
- trackback:0
岡山での夢のようなひとときを過ごし、
夕べ宮城へ帰省してきた。
・・・あつい。。やっぱり、あつい。。。
でも嫌〜〜な暑さではなく、汗もどんどんかける。
大変だけどw
岡山の想い出は濃すぎて心と頭を整理しないと
とてもじゃないけどここに書けそうにない。
ああ。。
楽しすぎた。
幸せすぎた。
反動でなにも起こりませんように・・・w
もう少しで姉も家に着く。
もう新幹線が駅につく頃なのかな?
明日には妹も帰ってくる。
そしたらお墓参り行こうね♪
- 2007-08/13 16:58
category:日記- comment:2
- trackback:0

実家から大量のももが届いた。
しかも葉付きだぁあ〜〜!
すご〜い!赤ちゃんのお尻みたいでかわいいw
今自分は気をつけないとテンションが振り切れる。
何故って大好きな友達に逢うために岡山まで行ってくるからだ。
岡山ってこんなとこにあるんだ〜という知識レベルで行ってくる。
気だけが先走りすぎて
今朝6時に実家に電話かけて両親を起こしてしまったり
出発の日を1日早く勘違いしてた始末だから先が思いやられる。
すこしは落ち着かないときっと痛い目にあう。
わかっているけど止められないw
- 2007-08/08 22:08
category:日記- comment:8
- trackback:0
源

「神様とんぼが毎日やってくるよ。しあわせを運んでくるんだって」
というメールが届いた。
お父さんから
時々来る高山植物やこごたの夕焼けはとてもきれいだ。
ありがとう。
- 2007-08/07 21:47
category:独り言- comment:2
- trackback:0
寝起きは良い筈なのにな。

最近の目覚めはなんとも気持ちが悪い。
早朝あまりの暑さで目が覚めるとじとっと汗をかいている。
だるさとねむさで体が鉛のように重いので起き上がれない。
数回の寝返りのあと観念して
「ふんっ!!」と起き上がってエアコンをつける。
この起き上がるときの勇気と勢い。
ものすごく疲れる;
ああ。
みんなちゃんと眠れてるのかな。。。

- 2007-08/06 19:32
category:日記- comment:6
- trackback:0
日記1日目

こちらに引っ越してきて記念すべき初日記♪
今日からこちらで新しく始めて行きたいと思います^^
しかし引越しって大変なんだなあ・・・;
<引き続きお付き合いくださる方・遊びに来てくださった方へ>
前のブログの大半の記事をそのままおいてきましたが、
皆様からいただきましたコメントも同様とさせていただきました。
続けさせていただけたのも皆様からのあたたかいお言葉と
励ましのお陰で、大変名残惜しく思いながらも
自身の手元にのみ保存させて頂きたいと思います。
これからもよろしくお願い致します。
*トップページの銀河に浮かぶ地球は動きますw
*カーソルを右方向に動かすと「なにか」ある!!!
- 2007-08/05 13:38
category:日記- comment:4
- trackback:0

すきなことなら
大変でも
なんとか、やっていける。
なにかをはじめたり、
つづけたり、やりとおすことは、大変。
だけど、すきなことだと
その大変さをあまり感じない。
まわりから見ると
大変そうに見えることでも
本人は、やりがいを感じていたり
充実している、ということは、
よく、ある。
大変かどうかは、
見ただけではわからないし、
どう感じているかもその人にしかわからない。
どんなことに時間をつかって
どんなことを感じても、
時間は同じようにすぎていく。
おなじ時間を使うなら
できるだけ、すきなことをして
充実した時間をおくりたい。
すきなことをしていれば、
大変なことがあってもどうってことない。
それが、すきなことをしているということ。
それが、すきなことをする1番の理由。
HEART BOOK 〜廣瀬 裕子〜
- 2007-08/04 15:50
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0

生きていくことは大変。
そう、思っていると
大変なことばかり
目についてしまう。
反対に、大変かもしれないけれど
たのしいことだってある。
そう、思っていると
たのしいことのほうが
多いような気がしてくる。
大事なのは、どちらの面を見るか、
見ようとしていくか、
もちろん、
思いどおりにいかないことはある。
こんなことと思うようなことだって起こる。
だけど、それとおなじくらい
いいこと、たのしいことだって起きている。
どちらの面を見るかは、
その人次第。
だけど、どちらの面を見るかで
生きている意味が変わってくる。
流れている時間が
ちがうものになっていく。
HEART BOOK 〜廣瀬裕子〜
- 2007-08/04 15:48
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
励まし

身近な人に支えてもらい、
「あなたは素晴らしい」
と言ってもらえれば、俄然やる気が出てくる。

励ましの言葉は
努力している人の耳に響き続ける喝采だ。

アレクサンダー・ロックハート
- 2007-08/04 15:43
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
イデア界

周りに見えているものはなにもかも、あまりにもきれいすぎる。
あまりにも生き生きとしている。目をこすりたくなるほど。
でも、わたしが見ているなにひとつ、永遠にもちこたえはしない。

それでも、百年たってもここには同じような花が咲いて、
同じような生き物がいる。
一匹一匹の生き物は、それから一輪一輪の花は、
消えて、忘れ去られてしまうけど、
すべてがどんなふうだったかは何かが憶えていてくれる。

「ソフィーの世界」〜哲学者からの不思議な手紙〜より。
ヨースタイン・ゴルデル
- 2007-08/04 15:37
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
Chief Seattle’s Speech 1854

1854年
アメリカの第14代大統領
フランクリン・ピアスはインディアンたちの土地を買収し居留地をあたえると申し出た。
1855年
インディアンの首長シアトルは
これ以上の戦いは無益だと判断し、この条約に署名。
アメリカのシアトルという地名は
このシアトル首長の名前からきている。
これはシアトル首長がアメリカ大統領に宛てた手紙である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はるかな空は 涙をぬぐい
きょうは 美しく晴れた。
あしたは 雲が空をおおうだろう。
けれど わたしの言葉は 星のように変わらない。
ワシントンの大首長が
土地を買いたいといってきた。
どうしたら 空が買えるというのだろう?
そして 大地を。
わたしには わからない。
風の匂いや 水のきらめきを
あなたはいったい
どうやって買おうというのだろう?
すべて この地上にあるものは
わたしたちにとって 神聖なもの。
松の葉の いっぽん いっぽん
海岸の砂の ひとつぶ ひとつぶ
深い森を満たす霧や
草原になびく草の葉
葉かげで羽音をたてる
虫の一匹一匹にいたるまで
すべては
わたしたちの遠い記憶のなかで
神聖に輝くもの。
わたしの体に 血がめぐるように
木々のなかを 樹液が流れている。
わたしは この大地の一部で
大地は わたし自身なのだ。
香りたつ花は わたしたちの姉妹。
熊や 鹿や 大鷲は わたしたちの兄弟。
岩山のけわしさも
草原のみずみずしさも
子馬の体のぬくもりも
すべて おなじひとつの家族のもの。
川を流れるまぶしい水は
ただの水ではない。
それは 祖父の そのまた祖父たちの血。
小川のせせらぎは
祖母の そのまた祖母たちの声。
湖のみなもにゆれる ほのかな影は
わたしたちの 遠い思い出を語る。
川は わたしたちの兄弟。
渇きをいやし
カヌーを運び
子どもたちに 惜しげもなく食べ物をあたえる。
だから 白い人よ。
どうか あなたの兄弟にするように
川に やさしくしてほしい。
空気は すばらしいもの。
それは すべての生き物の命を支え
その命に 魂を吹きこむ。
生まれたばかりのわたしに
はじめての息を あたえてくれた風は
死んでゆくわたしの
最期の吐息を うけいれる風。
だから 白い人よ。
どうか この大地と空気を
神聖なままに しておいてほしい。
草原の花々が甘く染めた
風の香りを かぐ場所として。
死んで星々の間を歩くころになると
白い人は
自分が生まれた大地のことを 忘れてしまう。
けれど わたしたちは 死んだ後でも
この美しい大地のことを 決して忘れはしない。
わたしたちを生んでくれた 母なる大地を。
わたしが立っている この大地は
わたしたちの祖父や祖母たちの灰から できている。
大地は わたしたちの命によって 豊かなのだ。
それなのに 白い人は
母なる大地を 父なる空を
まるで 羊か 光るビーズ玉のように
売り買いしようとする。
大地を むさぼりつくし
後には 砂漠しか残さない。
白い人の町の景色は わたしたちの目に痛い。
白い人の町の音は わたしたちの耳に痛い。
水面を駆けぬける 風の音や
雨が洗い清めた 空の匂い
松の香りに染まった やわらかい闇のほうが
どんなにか いいだろう。
ヨタカの さみしげな鳴き声や
夜の池のほとりの カエルのおしゃべりを
聞くことができなかったら
人生にはいったい
どんな意味があるというのだろう。
わたしには わからない。
白い人は なぜ
煙を吐いて走る 鉄の馬のほうが
バッファローよりも 大切なのか。
わたしたちの 命をつなぐために
その命をくれる バッファローよりも。
わたしには あなたがたの望むものが わからない。
バッファローが 殺しつくされてしまったら
野生の馬が すべて飼いならされてしまったら
いったい どうなってしまうのだろう?
聖なる森の奥深くまで
人間の匂いがたちこめたとき
いったい なにが起こるのだろう?
獣たちが いなかったら
人間は いったい何なのだろう?
獣たちが すべて消えてしまったら
深い魂のさみしさから 人間も死んでしまうだろう。
大地は わたしたちに属しているのではない。
わたしたちが 大地に属しているのだ。
(中略)
ひとつだけ 確かなことは
どんな人間も
赤い人も 白い人も
わけることはできない ということ。
わたしたちは結局 おなじひとつの兄弟なのだ。
わたしたちが 大地の一部であるように
あなたがたも また この大地の一部なのだ。
大地が
わたしたちにとって かけがえがないように
あなたがたにとっても かけがえのないものなのだ。
だから 白い人よ。
わたしたちが
子どもたちに 伝えてきたように
あなたの子どもたちにも 伝えてほしい。
大地は わたしたちの母。
大地にふりかかることは すべて
わたしたち
大地の息子と娘たちにも ふりかかるのだと。
あらゆるものが つながっている。
わたしたちが この命の織り物を織ったのではない。
わたしたちは そのなかの 一本の糸にすぎないのだ。
生まれたばかりの赤ん坊が
母親の胸の鼓動を したうように
わたしたちは この大地をしたっている。
もし わたしたちが どうしても
ここを立ち去らなければ ならないのだとしたら
どうか 白い人よ
わたしたちが 大切にしたように
この大地を 大切にしてほしい。
美しい大地の思い出を
受けとったときのままの姿で
心に 刻みつけておいてほしい。
そして あなたの子どもの
そのまた 子どもたちのために
この大地を守りつづけ
わたしたちが愛したように 愛してほしい。
いつまでも。
どうか いつまでも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「父は空 母は大地」 対訳版
編訳:寮 美千子 (パロル舎)
- 2007-08/04 15:31
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
彼のただひとつの悲しみは、
孤独ではなく、
輝かしい飛行への道が目前にひろがっているのに、
そのことを仲間たちが信じようとしなかったことだった。
彼らが目をつぶったまま、
それを見ようとしなかったことだった。
リチャード・バック
〜「かもめのジョナサン」より〜
孤独ではなく、
輝かしい飛行への道が目前にひろがっているのに、
そのことを仲間たちが信じようとしなかったことだった。
彼らが目をつぶったまま、
それを見ようとしなかったことだった。
リチャード・バック
〜「かもめのジョナサン」より〜
- 2007-08/04 15:30
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
「人はどんなに些細なものでも美しい作品を作ることができる。
あまりに美しすぎるモチーフは大げさな誇張でかえって緊張させる。
幸せな人とは他人には見えない控え目な美しさを見ることのできる人である。
どんなものでも美しいのだ。
問題はいかにそれを受けるかを知ることにかかっている」
カミーユ・ピサロ
- 2007-08/04 15:28
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
捨て去っていいのですか?
それがたとえ群れの掟であっても?
−正しい掟というのは、自由へ導いてくれるものだけなのだ。
それ以外に掟はない−
どうしてあなたは、われわれもあなたのように飛べると思うんです?
あなたは他の鳥とは出来が違うんだ。
特別な、才能に恵まれた、神聖なカモメなんじゃありませんか?
−きみたちと同じなんだ。
私とも同じだ。
ひとつ違うのは、たったひとつだけ違っているのは、
彼らは本当の自分というものを理解しはじめていて、
そのための練習をすでに始めているということだけなのだ−
リチャード・バック
〜かもめのジョナサン〜より
それがたとえ群れの掟であっても?
−正しい掟というのは、自由へ導いてくれるものだけなのだ。
それ以外に掟はない−
どうしてあなたは、われわれもあなたのように飛べると思うんです?
あなたは他の鳥とは出来が違うんだ。
特別な、才能に恵まれた、神聖なカモメなんじゃありませんか?
−きみたちと同じなんだ。
私とも同じだ。
ひとつ違うのは、たったひとつだけ違っているのは、
彼らは本当の自分というものを理解しはじめていて、
そのための練習をすでに始めているということだけなのだ−
リチャード・バック
〜かもめのジョナサン〜より
- 2007-08/04 15:25
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。
その一つの星のなかで笑うんだ。
だから、
きみが夜、空をながめたら、
星がみんな笑ってるように見えるだろう。
すると、
きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ。
きみは、 いまにかなしくなくなったら
_かなしいことなんか、いつまでもつづきゃしないけどね_
ぼくと知りあいになってよかったと思うよ。
きみは、どんなときにも、ぼくの友だちなんだから、
ぼくといっしょになって笑いたくなるよ。
そして、たまには、そう、こんなふうに、へやの窓をあけて、
ああ、うれしい、と思うこともあるよ・・・・。
そしたら、きみの友だちたちは、
きみが空を見あげながら笑っているのを見て、びっくりするだろうね。
そのときは、
「そうだよ、ぼくは星を見ると、いつも笑いたくなる」
っていうのさ。
そしたら、友だちたちは、
きみがきちがいになったんじゃないかって思うだろう。
するとぼくは、
きみにとんだいたずらをしたことになるんだね・・・・・
サン・テグジュペリ
〜星の王子様〜より
その一つの星のなかで笑うんだ。
だから、
きみが夜、空をながめたら、
星がみんな笑ってるように見えるだろう。
すると、
きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ。
きみは、 いまにかなしくなくなったら
_かなしいことなんか、いつまでもつづきゃしないけどね_
ぼくと知りあいになってよかったと思うよ。
きみは、どんなときにも、ぼくの友だちなんだから、
ぼくといっしょになって笑いたくなるよ。
そして、たまには、そう、こんなふうに、へやの窓をあけて、
ああ、うれしい、と思うこともあるよ・・・・。
そしたら、きみの友だちたちは、
きみが空を見あげながら笑っているのを見て、びっくりするだろうね。
そのときは、
「そうだよ、ぼくは星を見ると、いつも笑いたくなる」
っていうのさ。
そしたら、友だちたちは、
きみがきちがいになったんじゃないかって思うだろう。
するとぼくは、
きみにとんだいたずらをしたことになるんだね・・・・・
サン・テグジュペリ
〜星の王子様〜より
- 2007-08/04 15:24
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.
ひとつぶの砂に ひとつの世界を見
一輪の野の花に ひとつの天国を見
てのひらに無限を乗せ
ひとときのうちに永遠を感じる
「無心のまえぶれ」より
ウィリアム・ブレイク

And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.
ひとつぶの砂に ひとつの世界を見
一輪の野の花に ひとつの天国を見
てのひらに無限を乗せ
ひとときのうちに永遠を感じる
「無心のまえぶれ」より
ウィリアム・ブレイク

- 2007-08/04 15:19
category:詩- comment:0
- trackback:0
作品第三一二番
正しく強く生きるということは
みんなが銀河全体を
めいめいとして感ずることだ
・・・・蜜蜂のふるいのなかに
滝の青い霧を降らせ
小さな虹をひらめかす
いつともしらぬすもものころの
まなこあかるいひとびとよ・・・・
並木の松の向こうの方で
いきなり白くひるがえるのは
どれか東の山地の尾根だ
(祀られざるも
神には神の身士がある)
ぎざぎざの灰いろの線
(まことの道は
誰が考え誰が踏んだというものでない
おのずからなる一つの道があるだけだ)
ここはたしか五郎沼の岸で
西はあやしく明るくなり
くっきりうかぶ松の脚には
一つの星も通って行く
・・・・今日のひるま
ごりごり鉄筆で引いた
北上川の水部の線が
いままっ青にひかってうかぶ・・・・
わたくしはこの黒いどてをのぼり
むかし竜巻がその銀の尾をうねらしたという
この沼の夜の水を見ようと思う
・・・・水部の線の花紺青が
火花になってぼろぼろに散る・・・・
作品第三一二番(「春と修羅第二集」より)
宮沢 賢治
注解:
「身士」・・・身のよりどころとなる国士、環境などのこと。
「五郎沼」・・岩手県市紫波郡紫波町南日詰にある。
五郎沼堤とも言い、古くから農業用水に利用されていた。
沼には主がすんでいたという伝説があり、桜の名所。
「花紺青」・・青ガラスを粉にして作った美しい青絵の具。
またはその色をいう。
- 2007-08/03 22:59
category:詩- comment:0
- trackback:0
第九
ベートーヴェン 交響曲第9番
初演は1824年5月7日作曲者自身の指揮によって行われています。
しかし、この時すでに聴覚を失っていた作曲者を補佐するため
ウムラウフという指揮者が隣に立ち 実際の指揮を担当、
コンサートマスターのシュバンツィヒもこれを補って演奏されたと
伝えられています。
この初演でアルト独唱を務めたウンガーは、
その夜のコンサートの模様を後に次のように感動的に回想しています。
「演奏が終わった瞬間、
全ての人々の目には涙が光っていました。
ベートーヴェンは拍手に取り囲まれていたにもかかわらず、
おそらく何も聴こえなかったのでしょう。
聴衆に背を向けたまま まだ指揮棒を振り続けていました。
たまりかねて私が彼を熱狂する聴衆のほうへ向けると、
聴衆はこの大作曲家が、
実はひとつの音すらも聴くことが出来なかったと気づくのです。
やがて会場は同情と称賛の嵐に包まれ、
大声で泣き出す者も現れた。
そして、その歓呼の声は
永遠に消え去ることがないように思われました。」
カラヤン名演集より 諸石幸生:著
初演は1824年5月7日作曲者自身の指揮によって行われています。
しかし、この時すでに聴覚を失っていた作曲者を補佐するため
ウムラウフという指揮者が隣に立ち 実際の指揮を担当、
コンサートマスターのシュバンツィヒもこれを補って演奏されたと
伝えられています。
この初演でアルト独唱を務めたウンガーは、
その夜のコンサートの模様を後に次のように感動的に回想しています。
「演奏が終わった瞬間、
全ての人々の目には涙が光っていました。
ベートーヴェンは拍手に取り囲まれていたにもかかわらず、
おそらく何も聴こえなかったのでしょう。
聴衆に背を向けたまま まだ指揮棒を振り続けていました。
たまりかねて私が彼を熱狂する聴衆のほうへ向けると、
聴衆はこの大作曲家が、
実はひとつの音すらも聴くことが出来なかったと気づくのです。
やがて会場は同情と称賛の嵐に包まれ、
大声で泣き出す者も現れた。
そして、その歓呼の声は
永遠に消え去ることがないように思われました。」
カラヤン名演集より 諸石幸生:著
- 2007-08/03 22:55
category:メッセージ- comment:0
- trackback:0
春と修羅
わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです
大正十三年一月廿日 宮澤賢治
<[序]より〜>
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです
大正十三年一月廿日 宮澤賢治
<[序]より〜>
- 2007-08/03 22:54
category:詩- comment:0
- trackback:0
桃花源の詩(うた)
秦の始皇帝が天下の秩序を乱したので
賢者は世を避けてその身を隠した
夏黄公などは商山に隠れ
この桃花源の人も身を隠した
その足跡は次第に消え失せ
ここに来る道もやがて荒れ果てた
互いに声を掛け合って農耕に励み
日暮れになると家に帰って休む
桑や竹はありあまる木陰を地に落とし
豆やきびは時候に従って植えつける
春の蚕から長い糸を取り
秋の稔にもお上からの税はない
草深い道は遠くまで交わり通じていて
鶏や犬が互いに鳴き吠えている
祭器はなお昔のままで
衣装にも新式のものはない
子供たちは気ままに歩きながら歌い
老人たちも楽しげに訪問しあっている
草が茂って気候が和らいだことを知り
木の葉が衰えて秋風の激しさを知る
暦の記録はないけれども
四季が自然と一年を作っている
心はのどかに楽しみは余るほど
だから知恵を働かすことなど不要
桃花源が隠れること五百年
ある日神秘な世界が開けたけれど
この地の純朴と世間の軽薄は大違い
その道はまた深く覆われてしまった
世俗にまみれた人にお尋ねしたい
あなたは世俗の外の世界をご存知かと
どうか私は軽い風に乗って
この世を超越して桃花源を訪ねたいものだ
- 2007-08/03 22:52
category:詩- comment:0
- trackback:0
「北の国から」
脚本・倉本 聰
演出・杉田成道
キャストは田中邦衛はじめ、吉岡秀隆、中嶋朋子、地井武男などすばらしい役者さんが勢揃い。
あまりはっきり覚えていないが、
私がはじめて北の国からを見たのはたしか、中学3年だったと思う。
その時の感動は今にして思えばまだまだボンヤリしたものだったが、
大自然の中で暮らす人間の姿の強さや儚さが
なにもわからない子供にも
その壮絶さが伝わってきて知らない間にどんどんのめり込んで行った。
なんとも言えないのは、五郎(田中邦衛)の顔が、
年月を重ねるたびにどんどん深くなる様子。
その素敵な美しさは、これがお芝居なんだということを忘れてしまうような、
本当に黒板五郎が富良野に暮らし、生きてその生涯を覗き見ているような錯覚に襲われる。
それは、この作品全部に言えることだからもう素晴らしい。
「生きる」という大きな流れの中にある面白みが細やかに編みこまれている感じがとても好きだ。
造られている感じがしないので何度見ても同じところで涙がでてくるしw
北の国からファンの方に逢えるともうとんでもなく興奮してテンションが振り切れる。笑
脚本・倉本 聰
演出・杉田成道
キャストは田中邦衛はじめ、吉岡秀隆、中嶋朋子、地井武男などすばらしい役者さんが勢揃い。
あまりはっきり覚えていないが、
私がはじめて北の国からを見たのはたしか、中学3年だったと思う。
その時の感動は今にして思えばまだまだボンヤリしたものだったが、
大自然の中で暮らす人間の姿の強さや儚さが
なにもわからない子供にも
その壮絶さが伝わってきて知らない間にどんどんのめり込んで行った。
なんとも言えないのは、五郎(田中邦衛)の顔が、
年月を重ねるたびにどんどん深くなる様子。
その素敵な美しさは、これがお芝居なんだということを忘れてしまうような、
本当に黒板五郎が富良野に暮らし、生きてその生涯を覗き見ているような錯覚に襲われる。
それは、この作品全部に言えることだからもう素晴らしい。
「生きる」という大きな流れの中にある面白みが細やかに編みこまれている感じがとても好きだ。
造られている感じがしないので何度見ても同じところで涙がでてくるしw
北の国からファンの方に逢えるともうとんでもなく興奮してテンションが振り切れる。笑
- 2007-08/03 22:48
category:本- comment:0
- trackback:0
宮沢賢治が書いた「銀河鉄道の夜」は有名だ。
私はこの作品がとても好きだ。
賢治は
様々な分野に興味があって彼のファンタジーチックな物語の背景には確かな裏づけがあってのことだと解ればさらに面白くなって、
空想の中の出来事もそうではないと思えたりする。
実は、
この私のブログの名前の「ザネリの独り言」というのもこの銀河鉄道の夜から頂いた。
物語の中にはジョバンニとカンパネルラという主人公が出てくるが、
途中にジョバンニを必要以上にいじめる奴が出てくる。
それこそがザネリなのだ。
(随分前に製作された文部省推薦のアニメ映画に、この銀河鉄道の夜がある)
こいつは何かにつけてジョバンニに酷いことを言っては喜んでいるとんでもない奴。
始めは全く笑えなかったが、何度も見るうちに
「何もそこまで・・」と思うほどのそのいじわるっぷりに、
何故かはまってしまった。
疲れてどうしようもない時
静かに自分の中に入っていきたいときには、
夜、小さなライトをひとつ点けて 銀河鉄道の夜を流す。
もう何度観たのか分からないそれを 見るともなしに見ながら
お茶を淹れたり 絵を描く。
そうしているとあっという間にどこか知らない処、でもとても懐かしい処へいける。
重い身体を脱ぎ捨てて、耳障りな音も無く 深い深い海の底 かと思えば遥か遠い遠い空の上を音も無く飛んでいるような
私はこの作品がとても好きだ。
賢治は
様々な分野に興味があって彼のファンタジーチックな物語の背景には確かな裏づけがあってのことだと解ればさらに面白くなって、
空想の中の出来事もそうではないと思えたりする。
実は、
この私のブログの名前の「ザネリの独り言」というのもこの銀河鉄道の夜から頂いた。
物語の中にはジョバンニとカンパネルラという主人公が出てくるが、
途中にジョバンニを必要以上にいじめる奴が出てくる。
それこそがザネリなのだ。
(随分前に製作された文部省推薦のアニメ映画に、この銀河鉄道の夜がある)
こいつは何かにつけてジョバンニに酷いことを言っては喜んでいるとんでもない奴。
始めは全く笑えなかったが、何度も見るうちに
「何もそこまで・・」と思うほどのそのいじわるっぷりに、
何故かはまってしまった。
疲れてどうしようもない時
静かに自分の中に入っていきたいときには、
夜、小さなライトをひとつ点けて 銀河鉄道の夜を流す。
もう何度観たのか分からないそれを 見るともなしに見ながら
お茶を淹れたり 絵を描く。
そうしているとあっという間にどこか知らない処、でもとても懐かしい処へいける。
重い身体を脱ぎ捨てて、耳障りな音も無く 深い深い海の底 かと思えば遥か遠い遠い空の上を音も無く飛んでいるような
- 2007-08/03 22:43
category:本- comment:0
- trackback:0

毎日生きていていると当たり前のことで溢れて、
その当たり前がどんなに貴重なものかということにも気が付かず、
たくさんのきっかけを、
触れるより前に捨てていっているようだ。
自分の魂を短い生の時間の中でいかに成長させるのか。
何事にも己を省みるためのきっかけを孕んでいると思ったとき、
逃げてしまいたいことにも立ち向かっていく勇気が湧いてくる。
想ってくれるひとのあたたかさを忘れて一人きりだと思う時は必ずある。
ひとは誰でも孤独だと思う。
でも
ひとは絶対ひとりじゃない。
- 2007-08/03 22:33
category:独り言- comment:0
- trackback:0

教えの仕事で人と接する時いつも思う。
相手がまっすぐであるほど
相手が一生懸命であるほど
相手が素直であるほど
教えているのは誰で
教わってるのは誰なのだろうと。

- 2007-08/03 22:30
category:独り言- comment:0
- trackback:0
漫画家・古谷実さんの作品「わにとかげぎす」に出てくる主人公・富岡さんの台詞。
「孤独は罪だと思ってる」

私は
なにもしなくても私として存在する。
なにもしなくてもこの父と母の子どもであり、3姉妹の次女として存在する。
「好きな人はいますか?」
と言われれば迷わず「はい」と答える。
生まれて迎えてくれた家族や先生、友達。
この先もっと大好きな人が増えていくんだろう。
でもそれは一体どういう「好き」なのだろう。
「好き」には信頼や尊敬やことばで表せない感情が渦巻いてその対象を映している。
でもその「好き」に至るまで何もなかったのだろうか。
そんな筈はなく、どんな人にだって自分との「歴史」がある。
なんの苦労も努力もなく仲良くなれたとしても、
「好き」になるだけの何かが起こって乗り越えたその証だと思う。
なにもしなければ、私は自分の親であるはずのお父さんのことがわからない。
なにもしなければ、私は自分のお母さんがどんなひとなのかわからない。
たとえ血で繋がっているとても強い絆があると言われても
わたしはそれは怠惰だとしか思えない。
どんな相手だって、たとえ親だって、努力しなければそれは甘えだけが残る。
「好きだから」「かわいいから」と言って本心を言わないのは愛情じゃない。
悪戯に傷つけることを本音だからといって言うことでもない。
「向き合う」こと。
目を逸らさず、受け止めること。
ごまかしたり逃げたりするんじゃなくて、
自分が好きな人だから怖くても、嫌でも、その人に向き合うこと。
そうやって築いていけた歴史があるから信頼が生まれる。
その人がもっと好きになる。
「好きな人」はもっと「好きな人」になる。
それをいっしょに育んでいける人たちがいてくれるから
ちっぽけな自分は消えてなくなってしまうことなくここに存在できる。
「孤独は罪だと思ってる」

私は
なにもしなくても私として存在する。
なにもしなくてもこの父と母の子どもであり、3姉妹の次女として存在する。
「好きな人はいますか?」
と言われれば迷わず「はい」と答える。
生まれて迎えてくれた家族や先生、友達。
この先もっと大好きな人が増えていくんだろう。
でもそれは一体どういう「好き」なのだろう。
「好き」には信頼や尊敬やことばで表せない感情が渦巻いてその対象を映している。
でもその「好き」に至るまで何もなかったのだろうか。
そんな筈はなく、どんな人にだって自分との「歴史」がある。
なんの苦労も努力もなく仲良くなれたとしても、
「好き」になるだけの何かが起こって乗り越えたその証だと思う。
なにもしなければ、私は自分の親であるはずのお父さんのことがわからない。
なにもしなければ、私は自分のお母さんがどんなひとなのかわからない。
たとえ血で繋がっているとても強い絆があると言われても
わたしはそれは怠惰だとしか思えない。
どんな相手だって、たとえ親だって、努力しなければそれは甘えだけが残る。
「好きだから」「かわいいから」と言って本心を言わないのは愛情じゃない。
悪戯に傷つけることを本音だからといって言うことでもない。
「向き合う」こと。
目を逸らさず、受け止めること。
ごまかしたり逃げたりするんじゃなくて、
自分が好きな人だから怖くても、嫌でも、その人に向き合うこと。
そうやって築いていけた歴史があるから信頼が生まれる。
その人がもっと好きになる。
「好きな人」はもっと「好きな人」になる。
それをいっしょに育んでいける人たちがいてくれるから
ちっぽけな自分は消えてなくなってしまうことなくここに存在できる。
- 2007-08/03 22:27
category:独り言- comment:0
- trackback:0

人の美点をみて
その人に報いるようにする
人生の短い時間を
共有する楽しみ
苦しみや悲しみは
自分を鍛えるチャンス
- 2007-08/03 22:24
category:独り言- comment:0
- trackback:0
なんでも解っているような不思議なひと
寝違えて動けなくなったような思考回路を抱えて
わたしは
そのひとに発見されてしまった。
目の前がすぐ霞んでいくふつうに慣れ過ぎたわたしは
おもしろいように
どんよりと厚い雨雲の中からあたたかな日差しを感じる青空の中へ引き上げられた。
本当にふしぎな人

また逢いに行きます。
寝違えて動けなくなったような思考回路を抱えて
わたしは
そのひとに発見されてしまった。
目の前がすぐ霞んでいくふつうに慣れ過ぎたわたしは
おもしろいように
どんよりと厚い雨雲の中からあたたかな日差しを感じる青空の中へ引き上げられた。
本当にふしぎな人

また逢いに行きます。
- 2007-08/03 22:22
category:独り言- comment:0
- trackback:0

どんなに汚くてもいいじゃないか
それがにんげんだ
それをしっていていきるから唯一うつくしいんだ
そう教えてくれたあなたへ
ありがとう
わたしも貴方のようにうつくしく在りたい
- 2007-08/03 22:18
category:独り言- comment:0
- trackback:0

電話が鳴って
携帯に映ったその名前の珍しさに
うれしい驚きを感じながら話し始める。
今日は雨や雷が鳴り
今も強風が窓の外で唸り声をたてているような荒れた天気で、
影響されやすい私は気落ちしていたんだった。
どうして いいなあと感じる人と接触するだけで
こんなにも何かが拓けていくのを感じるのか。
男とか女とか年上とか年下とか関係なく
この人だいすきだと思う人に
支えられている。
そのしあわせの前には
己の身勝手さや醜さなど
なんの力も発揮できはしないんだ。
- 2007-08/03 22:15
category:独り言- comment:0
- trackback:0
こんな静かな夜には
意識が夜空に溶けていく。
その感覚を
おもいだす。
それといっしょに
今では 罪の意識が。
それもまた記憶となって
いつかの夜空を見上げた時に
しあわせと
この胸の燻りを思い出すのかもしれない。
- 2007-08/03 22:08
category:独り言- comment:0
- trackback:0
だいすきな友達が死んでしまった。
そんな時にもかかわらずやらなくちゃいけないことが自分にはいっぱいあって。
死んでしまう直前のその人から電話があったのに
だいすきなその人の異変に気づいてあげられなかった。
やらなくちゃいけないたくさんのことに囲まれながら泣き続けていたら
その子のおかあさんに叱られた。
こんな夢を見たと言われた。
朝起きたら、涙で枕はびっちょり濡れて
顔は涙が乾いてめあにが凄かったって。
とっても悲しい夢を見たとき、
死んだおじいちゃんと夢で逢えたとき、
朝起きると私は自分でも驚くほど涙を流したのだと
不透明な記憶を辿って想い出す。
そして決まってめあにが酷くて
目を明けるのに一苦労する。
そんなことを思い出しながらその夢の話を聞いていた。
「なにが重要か?」
そのとき自分は何をするべきなのか。
そのとき自分にとって何が優先すべきものなのか。
いつも考えてるようで考えていないよ。
大切なことがあるんだよということなのかな。
- 2007-08/03 22:01
category:独り言- comment:0
- trackback:0
意識下で進むいろいろな出来事に、
対応しきれないことなどたくさんある。
自分は自分なのにその動きについていけない。
それは
地球の中心でたった今も、
その圧倒的な熱とうねりを繰り返す、
真っ赤な、真っ黒な
或いは色彩などわからないマグマが、
濁流となって押し寄せるようなもの。
「感情」は、
ひとの中心を流れる大きな流れ。
その勢いを
覆い隠したり、せき止めたり、方向を変えたり、
そうやって上手に調節できたらどんなにいいだろう。
迷惑をかけない。
心配をかけない。
そんな様な事は、できるはずない。
人の心は
私の気持ちは
とても執着したがり
とてもお節介だから
器用に生きることなど
望むことじゃないけど
このどうしようもない「自分」をどうにかしなければ、
どうにかしないとと、
訳がわからないほど
どうしようもなく思う。
対応しきれないことなどたくさんある。
自分は自分なのにその動きについていけない。
それは
地球の中心でたった今も、
その圧倒的な熱とうねりを繰り返す、
真っ赤な、真っ黒な
或いは色彩などわからないマグマが、
濁流となって押し寄せるようなもの。
「感情」は、
ひとの中心を流れる大きな流れ。
その勢いを
覆い隠したり、せき止めたり、方向を変えたり、
そうやって上手に調節できたらどんなにいいだろう。
迷惑をかけない。
心配をかけない。
そんな様な事は、できるはずない。
人の心は
私の気持ちは
とても執着したがり
とてもお節介だから
器用に生きることなど
望むことじゃないけど
このどうしようもない「自分」をどうにかしなければ、
どうにかしないとと、
訳がわからないほど
どうしようもなく思う。
- 2007-08/03 21:34
category:独り言- comment:0
- trackback:0
自分がやりたくてやっていることも
自分のためにもなっていることも
疲れていたり、心に余裕がなくなってしまうと
いつの間にか人のせいにしてしまう。
なんてことない、
ただの愚痴を聞いて欲しかっただけだった。
それで「しょうがないねぇ」といって、笑い飛ばしてもらえれば
よかったはずなのに、
自分の口から
「やってあげてるのに」という言葉が出た時
ハッとした。
ものすごく嫌な感じがした。
何か、言ってはいけないことを口走ってしまった気がして
慌てて訂正したけど、そうすればするほどもっと嫌な気持ちになった。
服にこぼしてしまったソースが、手で擦ってしまい益々そのしみが
広がって、汚く、もう隠しようもない状態にしてしまった時のような、
そんな感じだった。
そんな風に思っていたこと。
自分が恥ずかしかった。
顔が熱くなって涙がでてきた。
慰められて、もっと情けなくなった。
より心配をかけてしまったこと。
ごめんなさい。
自分のためにもなっていることも
疲れていたり、心に余裕がなくなってしまうと
いつの間にか人のせいにしてしまう。
なんてことない、
ただの愚痴を聞いて欲しかっただけだった。
それで「しょうがないねぇ」といって、笑い飛ばしてもらえれば
よかったはずなのに、
自分の口から
「やってあげてるのに」という言葉が出た時
ハッとした。
ものすごく嫌な感じがした。
何か、言ってはいけないことを口走ってしまった気がして
慌てて訂正したけど、そうすればするほどもっと嫌な気持ちになった。
服にこぼしてしまったソースが、手で擦ってしまい益々そのしみが
広がって、汚く、もう隠しようもない状態にしてしまった時のような、
そんな感じだった。
そんな風に思っていたこと。
自分が恥ずかしかった。
顔が熱くなって涙がでてきた。
慰められて、もっと情けなくなった。
より心配をかけてしまったこと。
ごめんなさい。
- 2007-08/03 21:33
category:独り言- comment:0
- trackback:0
今日外に出た時、なつかしい匂いがした。
実家に居た時は、その匂いはもう玄関で靴を履いている時から感じられて
ドアを開けたとたんその冬の匂いに包まれる。
水がその寒さで氷の結晶に固まって
そんな中でも陽の光は温かくまぶしく
その氷をゆっくりゆっくり溶かしていく。
そのときに漂っているような匂い。
季節を思わせる匂いをかいだ時はなんとも清々しい気持ちになる。
この間まで、乾いた木の葉がカサカサ音を立てながら
その香ばしい香りを風に混ぜ込んでいたのに。
これから益々深まっていく冬のなかに
あまい香りが漂いはじめたら春はもうすぐそこまで来ている。
その大きな一つの秩序のなかにいて、人間はめまぐるしく動き回っている。
その動きは本当にせわしなく動くから
太陽の暖かさや光の具合が変わっていっても
風が昨日とちがう香りを運んできてくれていても
たんぽぽが春を告げているのにも気づかない。
なんて尊い大きなものの中に抱かれているんだろうと思う。
そんな大切なことにも気がつかなくなっていて
ハッと気づいた時、ものすごく哀しくなる。
自分が好きだったことや大事だった事を忘れてしまったり
記憶のうんと隅のほうに置き去りにして
ぞんざいに「今」を生きることは
せわしなく移り変わる日々の中にいてしょうがないかもしれない。
でも、
すこし遠くから見たとき、「日々」をも包み込んでいる
もっと大きなものの中に居ることを思い出す。
思い出して 哀しくなる。
- 2007-08/03 21:32
category:独り言- comment:0
- trackback:0
出来ていたことが出来なくなっても
出来なかったことが出来るようになっていたりする。
今まで見慣れたものが突然違って見えたりしてびっくりした。
それも見方を変えれば
前より違う風に見えたり見えなかったものが見えたり
結果的には一歩前進したような気がした。
移りゆく人の気持ちや
その様々な気配に
哀しい気持ちになっても
その暗闇に紛れることなく、迷うことなく、
前を向いて 上を見上げていけば
それまで居た場所から
もっといい場所に行ける。見に行ける。
時間がかかってしまっても
その影に飲まれてしまっても
自分の力だけではどうしようも出来なくて
沢山の人に迷惑をかけてしまっても
前に進めるならいい。
いろんな力を借りればいい。
時間がかかっても 逃げさえしなければ。
もしくは
そのとき それしか出来ないなら逃げてもいい。
でも
逃げてしまっても、向き合っていればいい。
そうやって生きていきたい。
出来なかったことが出来るようになっていたりする。
今まで見慣れたものが突然違って見えたりしてびっくりした。
それも見方を変えれば
前より違う風に見えたり見えなかったものが見えたり
結果的には一歩前進したような気がした。
移りゆく人の気持ちや
その様々な気配に
哀しい気持ちになっても
その暗闇に紛れることなく、迷うことなく、
前を向いて 上を見上げていけば
それまで居た場所から
もっといい場所に行ける。見に行ける。
時間がかかってしまっても
その影に飲まれてしまっても
自分の力だけではどうしようも出来なくて
沢山の人に迷惑をかけてしまっても
前に進めるならいい。
いろんな力を借りればいい。
時間がかかっても 逃げさえしなければ。
もしくは
そのとき それしか出来ないなら逃げてもいい。
でも
逃げてしまっても、向き合っていればいい。
そうやって生きていきたい。
- 2007-08/03 21:31
category:独り言- comment:0
- trackback:0
お天気がいいこと。
眠そうでも「いい顔」してること。
鼻歌がでること。
とりあえず 今日も元気なこと。
いろいろあった一日がまた静かに終わること。
心はいつも働き続けて、
疲れたり弱ったりして、
いつも戻ろうとする。
「正常」な位置に帰ろうとする。
心地の良い場所は、いつも必ず自分で知ってる。
「ワカラナイ」なんて本当は うそなんだ。
ことばにすると、
「希望」や「勇気」とかに当てはめられがちだけど、
自分のなかではもっと違うかたちをしてる。
かたちのないものをかたちで表現してる時点で無理がある。
それは
とてもあかるくて とても強くて とても眩しい
いつもどんな時もそれは一緒にいてくれるのに
見えたり見えなくなったりするのは、
結局「人間」だからか。
「もう消えない」と思った傷も治癒する。していく。
それも
結局「人間」だからだ。
「人間」て不思議で 素敵だ。
l
眠そうでも「いい顔」してること。
鼻歌がでること。
とりあえず 今日も元気なこと。
いろいろあった一日がまた静かに終わること。
心はいつも働き続けて、
疲れたり弱ったりして、
いつも戻ろうとする。
「正常」な位置に帰ろうとする。
心地の良い場所は、いつも必ず自分で知ってる。
「ワカラナイ」なんて本当は うそなんだ。
ことばにすると、
「希望」や「勇気」とかに当てはめられがちだけど、
自分のなかではもっと違うかたちをしてる。
かたちのないものをかたちで表現してる時点で無理がある。
それは
とてもあかるくて とても強くて とても眩しい
いつもどんな時もそれは一緒にいてくれるのに
見えたり見えなくなったりするのは、
結局「人間」だからか。
「もう消えない」と思った傷も治癒する。していく。
それも
結局「人間」だからだ。
「人間」て不思議で 素敵だ。
l
- 2007-08/03 21:10
category:独り言- comment:0
- trackback:0
女の子は夕日の沈む浜辺にいた。
「きれいなゆうやけ・・・あら?」
足元にはきれいな渦巻きの貝殻が落ちていた。
それを拾い上げると
女の子は耳にあてて目を閉じた。
貝殻の奥から波の音が聴こえる。
女の子が目を開けると
知らないところにいた。
窓もないのに 光の中にいるように明るく
目の前には真っ白な(またはとても色とりどりの)階段が
トンネルのように続いていて
その先は螺旋階段のように、どんどん上へ上へと昇っている。
「この先にはなにがあるのかしら・・・」
女の子は階段を登り始めた。
しばらくいくと 広い空間があって
そこに一羽のかもめがいた。
「あなたはそこで何をしているの?」と女の子。
「なにもしちゃいないさ。なにかしていたとしても君には関係ないだろう」
とかもめ。
「そんなことないわ。だって私知りたいんですもの。」と女の子。
「随分と物好きだね。」とかもめ。
「そうよ。だから私、この上に何があるか知りたいの。」と女の子。
「・・・。」とかもめ。
「さようなら」と女の子。
「さようなら」とかもめ。
そうして女の子はまた登り始めた。
しばらくいくと、男の子が階段に腰掛けていた。
「こんにちは」と女の子。
「こんにちは」と男の子。
「あなたはここで何をしているの?」と女の子。
「考えてるのさ。」と男の子。
「何を考えているの?」と女の子。
「いろいろさ。いろいろあり過ぎて考え込んでいるのさ。」と男の子。
「何をそんなに考え込んでいるの?」と女の子。
「そんなこといちいち説明なんて出来ないよ。
一つを考え始めるとまた次の考えなきゃならないものが増える。
ぼくはそれらを考えるので忙しいんだ。
時間が惜しいんだよ。
だからこうしてここで考えているのさ。」と男の子。
「私、あなたの言うことよく分からないわ。
でもとても忙しそうね。
さようなら。」と女の子。
男の子はまた何かを考え始めた。
そうして女の子は また登り始めた。
上へ登るにつれて階段はどんどん細くなり傾斜もきつくなった。
女の子はぽたぽたと汗をこぼしながら きつい階段を登る。
やっと体が通り抜けるほどの狭さになって
ほとんどはしごを上るようにして女の子は先へ進んだ。
するといきなり空間が拓けて そこにはクジラがいた。
水面に近づくと、クジラは泣いていた。
「どうして泣いているの?」と女の子。
「わからない」とクジラ。
「なにが悲しいの?」と女の子。
「なにが悲しいのかわからない。
わからないことが悲しいの。
ただ私は泣きたいのよ。
とてもとても泣きたくてたまらない。」とくじら。
「なにをそんなに泣く必要があるのかしら・・・」と女の子。
「放っておいてもらいたいの。」とくじら。
「あなたはきっと悲しみの海を泳いでるんだわ」と女の子。
くじらは静かに笑った。
女の子は自分の体がすっぽり入ってしまうくらい大きな
くじらの目をじっと見つめた。
涙を流し続けるその目は不思議に深く
女の子は自分の体が静かに溶けていくように目を閉じた。
女の子が目を開けると
夕日の沈む浜辺にいた。
足元には きれいな渦巻きの貝殻が落ちていた。
「きれいなゆうやけ・・・あら?」
足元にはきれいな渦巻きの貝殻が落ちていた。
それを拾い上げると
女の子は耳にあてて目を閉じた。
貝殻の奥から波の音が聴こえる。
女の子が目を開けると
知らないところにいた。
窓もないのに 光の中にいるように明るく
目の前には真っ白な(またはとても色とりどりの)階段が
トンネルのように続いていて
その先は螺旋階段のように、どんどん上へ上へと昇っている。
「この先にはなにがあるのかしら・・・」
女の子は階段を登り始めた。
しばらくいくと 広い空間があって
そこに一羽のかもめがいた。
「あなたはそこで何をしているの?」と女の子。
「なにもしちゃいないさ。なにかしていたとしても君には関係ないだろう」
とかもめ。
「そんなことないわ。だって私知りたいんですもの。」と女の子。
「随分と物好きだね。」とかもめ。
「そうよ。だから私、この上に何があるか知りたいの。」と女の子。
「・・・。」とかもめ。
「さようなら」と女の子。
「さようなら」とかもめ。
そうして女の子はまた登り始めた。
しばらくいくと、男の子が階段に腰掛けていた。
「こんにちは」と女の子。
「こんにちは」と男の子。
「あなたはここで何をしているの?」と女の子。
「考えてるのさ。」と男の子。
「何を考えているの?」と女の子。
「いろいろさ。いろいろあり過ぎて考え込んでいるのさ。」と男の子。
「何をそんなに考え込んでいるの?」と女の子。
「そんなこといちいち説明なんて出来ないよ。
一つを考え始めるとまた次の考えなきゃならないものが増える。
ぼくはそれらを考えるので忙しいんだ。
時間が惜しいんだよ。
だからこうしてここで考えているのさ。」と男の子。
「私、あなたの言うことよく分からないわ。
でもとても忙しそうね。
さようなら。」と女の子。
男の子はまた何かを考え始めた。
そうして女の子は また登り始めた。
上へ登るにつれて階段はどんどん細くなり傾斜もきつくなった。
女の子はぽたぽたと汗をこぼしながら きつい階段を登る。
やっと体が通り抜けるほどの狭さになって
ほとんどはしごを上るようにして女の子は先へ進んだ。
するといきなり空間が拓けて そこにはクジラがいた。
水面に近づくと、クジラは泣いていた。
「どうして泣いているの?」と女の子。
「わからない」とクジラ。
「なにが悲しいの?」と女の子。
「なにが悲しいのかわからない。
わからないことが悲しいの。
ただ私は泣きたいのよ。
とてもとても泣きたくてたまらない。」とくじら。
「なにをそんなに泣く必要があるのかしら・・・」と女の子。
「放っておいてもらいたいの。」とくじら。
「あなたはきっと悲しみの海を泳いでるんだわ」と女の子。
くじらは静かに笑った。
女の子は自分の体がすっぽり入ってしまうくらい大きな
くじらの目をじっと見つめた。
涙を流し続けるその目は不思議に深く
女の子は自分の体が静かに溶けていくように目を閉じた。
女の子が目を開けると
夕日の沈む浜辺にいた。
足元には きれいな渦巻きの貝殻が落ちていた。
- 2007-08/03 21:01
category:独り言- comment:0
- trackback:0

アクリルガッシュ
1999
<現在(いま)のわたし>
テーマは「現代と私」だった。
「現代」とは「世の中の動き」ではなく
「現在(いま)のわたしの心の動き」。
ちいさな部屋の中には本がぎっしり詰まった本棚と
ちいさな椅子。真中に開いた窓。
窓の外には1本の樹。
私にはまだまだ知らなければならないことが沢山或る。
疲れても休む場所はちいさな椅子の上だけ。
部屋の中にはわたしの行き場を塞ぐようにツルが密集している。
おおきな花の蕾。
一体どんな花が咲くのだろう。
いま、この花が咲くように「現在」をがんばらなければいけないと思う
- 2007-08/03 10:47
category:絵- comment:0
- trackback:0











