私が言いたかったのは至ってしまった結果ではない。

ゾラが、
意図しあのような作品を生み出したかそうでないかはわからない。

理由がどうであれセザンヌがうけた衝撃と悲しみは
この2人の関係を一気に変えてしまった。
そしてセザンヌ側から言ってしまえば
ゾラがどんなに悪気が無かったとしてもそんなこと関係ない。
この悲しい出来事は事実かはわからない。

この2人に限ったことではなく
いつの時代にも起こっている。

でも
そういう裏切りの前に確かにあった心の通い合いのほうが大切だと思うんだ。

起こってしまったことに
悲しみ憎むことは容易で一瞬楽になった気がする。

でも時が経つにつれ思い出すのは
あの時の友情ではないのか。
そのひとの温かさではないか。

セザンヌはりんごを描き続けた。
彼の意図は分からない。

わたしは
ゾラがカゴいっぱいのりんごを抱えてセザンヌに対する感謝の心を伝え
そして受け取った心の通い合う姿をみる。

2人は絶縁した。


それでも一度は通い合った心は永遠だ。
どんなことがあっても。


わたしはそう思う。

傷を抱えその痛みを感じるからこそ、
その愛に永遠の輝きを見るのだと思う。


誰かが誰かの何かに傷つき傷つけられて続いていくのは
苦しみや絶望じゃない。

その痛みを負ったからこそ
知ることが許された「誰か」の温もりだ。

ひととひとの間に起こるそういうものを
わたしはセザンヌのりんごの中に見たんだ。



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