2006 / 12 / 21 ( Thu )
はぁあぁぁぁあぁ〜〜
おわった。
ベートーヴェンの第9交響曲とは、
なんとも体力、気力の消耗が激しい曲だろう。
そしてなんて大きな感動をもたらしてくれる音楽だろう。
大抵、「演奏する者」と「それを聴く者」という環境で演奏している。
ここでいつも思うことは、クラシック音楽のかもし出す独特の
雰囲気がまだまだ一般化しておらず、
演奏者と観客の距離がとても遠く感じられ、目には見えない強固な壁すら
あるように思われてならない。
一応私も奏者になるが、
ある時、あるテレビ番組で面白い企画をやっており、
参加していたオーケストラの団員が
皆歯をみせて笑っている光景を目にした。
そのとき、オーケストラや黒の衣装を着てずらり並んでいるだけで
こんなにも「無表情」な聴いているほうが緊張してしまうような威力を
発しているのだと思った。
団員が笑った時、なぜか「ほっ」っとするような、
同じ人間なんだなぁとさえ思ってしまう。
一方、合唱はおおらかで穏やかだ。
やはり「人の声」が心地よいのだろうか。
それとも「笑顔」で音楽を奏でているからなのか。
そのすべてが端的に人の「感情」を掴むからなのか。
今回この第九をやってみて、
「オーケストラ」 「合唱」 「観客」
この3者が繋がった気がした。
人間の心と心の架け橋を音楽が担っている要素の一部だとすれば、
この一つづつでは全く意味の成さない3者を
それぞれがそれぞれを補い、高めあって、形作っている。
それが出来るものの一つの素晴らしいものが、
この第九なのだと思った。
繋がって広がっていくその空間に、今日私も浸っていられて幸せだった。
おわった。
ベートーヴェンの第9交響曲とは、
なんとも体力、気力の消耗が激しい曲だろう。
そしてなんて大きな感動をもたらしてくれる音楽だろう。
大抵、「演奏する者」と「それを聴く者」という環境で演奏している。
ここでいつも思うことは、クラシック音楽のかもし出す独特の
雰囲気がまだまだ一般化しておらず、
演奏者と観客の距離がとても遠く感じられ、目には見えない強固な壁すら
あるように思われてならない。
一応私も奏者になるが、
ある時、あるテレビ番組で面白い企画をやっており、
参加していたオーケストラの団員が
皆歯をみせて笑っている光景を目にした。
そのとき、オーケストラや黒の衣装を着てずらり並んでいるだけで
こんなにも「無表情」な聴いているほうが緊張してしまうような威力を
発しているのだと思った。
団員が笑った時、なぜか「ほっ」っとするような、
同じ人間なんだなぁとさえ思ってしまう。
一方、合唱はおおらかで穏やかだ。
やはり「人の声」が心地よいのだろうか。
それとも「笑顔」で音楽を奏でているからなのか。
そのすべてが端的に人の「感情」を掴むからなのか。
今回この第九をやってみて、
「オーケストラ」 「合唱」 「観客」
この3者が繋がった気がした。
人間の心と心の架け橋を音楽が担っている要素の一部だとすれば、
この一つづつでは全く意味の成さない3者を
それぞれがそれぞれを補い、高めあって、形作っている。
それが出来るものの一つの素晴らしいものが、
この第九なのだと思った。
繋がって広がっていくその空間に、今日私も浸っていられて幸せだった。
comments
post a comment
trackbacks
この記事のトラックバックURL:
http://oirase.blog115.fc2.com/tb.php/81-0e9efe15
http://oirase.blog115.fc2.com/tb.php/81-0e9efe15
| ホーム |